[5. 共分散近似]

Q. 共分散近似とは?

A. これまで何度も登場している「...もし中径木がたくさん存在するするならば,それは大径木が存在しない確率が高く...」という「確率」とやらの時間変化も計算してやろうじゃないか,という方法.具体的には「サイズx の樹木が存在するという条件下における,サイズx とy の密度の積の平均値 n(x,y)」を計算する.このn(x,y) は「二次のモーメント」と呼ばれる(前出のn(x) は一次のモーメント).共分散近似は一次と二次のモーメントの時間変化を同時に追跡する.

Q. どの部分が共分散「近似」なのか?

A. 実は二次モーメントの時間変化を正確に計算するためには,三次モーメントの値を知らなければならない.言うまでもなく,三次モーメントとは「サイズx とy の樹木が存在するという条件下における,サイズx とy とz の密度の積の平均値 n(x,y,z)」である.共分散近似では三次モーメントを一次・二次モーメントで適当に置き換えてしまう.この部分が近似になっている.

Q. 共分散近似は誰が考案したの?

A. Ben Bolker&Steve Pacala (in press) がこの計算方法を生態学の理論的な問題解決のために利用した最初の研究だと思う.彼らはこの論文において,一次元(水平)連続空間上で生活する植物の個体群動態を計算している.各個体には「散布カーネル」「競争カーネル」が与えられており,それぞれ「新規加入」「死亡」の生じる速度と個体の位置の関係を規定している.Steve Pacala はこの計算方法を用いて彼の"SORTIE" の近似計算をやろうとしたがうまくいかなかった.解が無限の彼方に発散してしまった,ということである(そこで彼は齢構造近似を開発した).「我々が一年以上やってもよい結果が得られなかったんだから,君(久保)が垂直共分散近似なんかをやるのは時間のムダだ」と言われたので,私はこの計算方法を研究することにした(←蛇足).

Q. 共分散近似で得られた結果を要約すると?

A. 定常BA はIBM のそれより少し低い値となる(80%ぐらい).サイズ分布をみると,中・大径木の密度をやや過小に見積もっている.ただし,共分散近似から得られる定常サイズ分布は,齢構造近似のそれと比較するとたいへんホントらしく見える.

Q. 共分散近似の利点は?

A. 齢構造分布分布に比べて仮定の数が少ないと言える.この計算方法では「林分の齢」など知る必要が無い.さらに齢構造近似では「自由に値を選べるパラメータ」の値を調節して,ホントらしい結果を得ていた.それに対して共分散近似では,そのようなパラメータなしで,ホントらしい結果が得られた.

Q. 共分散近似の欠点は?

A. 齢構造近似ほど頑健ではないこと.パラメータを変化させて,個体間相互作用の強度を観測値の4倍から8倍ほどにするとIBM から得られる結果からのずれが大きくなった.さらに今のところ,齢構造近似ほどには,計算方法のうまい説明を思いつかないのも欠点かも...

Q. では共分散近似は「実用的利用」に耐えないのか?

A. 単にIBM と同じような結果を出力したいなら,齢構造近似と同じく「自由に値を選べるパラメータ」を導入して結果を補正すればよい.例えば,被圧関数の積分範囲を少々変更すると,齢構造近似より頑健かつよりホントらしい結果が容易に得られる.私はこの補正法を"conditional spacing" と名づけたけど,誰も信用していない.私自身かなりアヤしいと思っているけど「実用的」であることには間違いない.



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