それに対抗して私が提案したのは,Bolker博士が水平的空間構造のモデルで成功させた近似計算方法を垂直的空間構造モデルに適用してはどうか,というものであった[11].これはモーメント法を用いて近似的に共分散を計算してしまう手法である.当然ながらPacala教授もずっと以前からそのアイデアに気付いてSORTIEの近似計算系を作ってみたのだけれど,奇怪なことに解が常に発散するので,この方法には見切りをつけたのだと言った.私は納得できなかった.しかし,教授は当地における最重要顧客[12]なので,その意向をないがしろにするわけにはいかない.
そこで当面はPacala教授の言うとおりに計算を進めつつ,密かに「謀反」の機会をうかがうことにした.幸か不幸か,かなり単純化した森林動態モデルにおいても期待していたほどにはパッチ齢近似は万能ならざることが判明した.知謀湧くがごときPacala教授もついに万策つき果てたころ夏休みとなり,教授はカナダの別荘に二ヶ月におよぶ長期バカンスに出かけた.さあ,クーデターだ.
かつてPacala教授が共分散構造の近似計算に失敗したSORTIEは恐ろしく非線形なモデルであり,たしかに二次以下のモーメントだけ用いる近似計算法が有効かどうかよくわからない.一方でBolker博士の点過程のモデルは線形であり,この手法の有効性は確認ずみである.そこで私は,以前に井田秀行博士[13]と共同で開発したブナ林モデルを参考に,かつ相互作用が線形になるように留意しつつ,それまで用いていたサイズ構造モデルの設計をやり直した.プリンストンに緑満ちあふれる季節,私は朝から夕方までイノホールの一画にこもって陰謀に没頭していた……
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脚注 |