私は最初のひと月を自分の売り込みに費やさなければならなかった[9].その間抜けさに同情したPacala教授が「サイズ構造のある簡単な森林動態モデルの近似計算を調べてみないか」と助け舟を出してくれたので,ようやくプリンストンでの仕事を得た.
世界各所に分布する森林生態学者というのは奇妙な人々で,樹木の胴回りなどをむやみやたらと計測しては,その時間変化にある種の法則性を見い出したりする.彼らの好む森林のデフォルメのやり方のひとつに一方向的競争というものがある.すなわち,大きな樹木はより小さな樹木に影響を与えるけれど,小さな樹木はより大きな樹木にほとんど影響を与えないだろうというモデリングである.例えば「大きな樹木の下で被陰されている小さな樹木の死亡率は高くなる」といった傾向があったとしよう.そのようなルールに従う森林が実在するならば「大きな樹木が存在するならば,近くに小さな樹木が存在している確率が小さい」「小さな樹木が存在しているならば,近くに大きな樹木が存在する確率は低い」といった負の相関が見られるだろう.現実的な森林動態モデルの計算のためにはこのような共分散構造を考えることが重要であると思惟される.
ところが,これまでの一方向的競争のモデルの主流である一変数移流方程式では,これをうまく取り扱うことができない[11].さてさて,どうすべきか?Pacala教授のアイデアは「パッチ齢軸」という次元を新たに取り入れることで,「小さい樹木はいるけれど大きな樹木はいない場所」「大きな樹木はいるけれど小さな樹木はいない場所」を切り分けてしまおう,というものである.この手法は北海道大学の甲山隆司教授がすでに先行発表している.
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