暑くてぐだぐだな午後は新しい共同研究についての長いメイルかき.
全体のねらいとしては,
・新しい統計モデリングなどの方法を使った,植物個体群動態解析の現代化
・観測データにもとづいて集団の絶滅確率の予測などが簡単にできるような
しくみ (モデルと計算プログラム) を整えたい
といったことを考えております.
植物生態学の教科書に掲載されているような,推移行列モデルを使った個体群動態
解析は「無限集団と近似してよい」昆虫個体群動態などの解析には威力を発揮す
るように思えるのですが,比較的低密度な植物個体群の解析では不適切な場合が
いろいろと想定できます.現状では,植物生態学の分野において,あまり適切に
利用されていない場合もあるように思えます.
研究開始時点でとりあげたい大きな問題点としては,以下の三点です.
1. 推移行列の各要素をばらばら独立に推定して良いのか? 要素ごとに不均質な
推定誤差の影響は無視されているが,それでよいのか?
2. 増殖率こと固有値λだけに焦点をあてた解析でよいのか? λ > 1 なら「集団は
絶滅しない」と考えている研究者が多いが,それで問題ないのか?
3. 複数のコドラートのデータを組み合わせて局所的な個体群ネットワークの
絶滅確率を評価できないか?
1. の推移行列の各要素 (死亡率・成長率など) の問題ですが,たとえば死亡率な
ら (死んだ数) / (全体) といった割算で推定値が得られていますが,これにはいろ
いろな問題があります.推定誤差の影響が「(全体)」の大きさに影響されるだけ
でなく,そもそもこのような割算推定法を成立させるために無理やりな「ステー
ジわけ」といった問題も生じます.また,この部分に推定誤差があれば,たとえ
ば固有値の推定にも誤差が生じますが,その点についてあまり議論されていない
ように思います.たとえば λ = 1.03 であったとしても,その推定誤差が大きいの
であれば「この個体群のサイズは増加する」といった結論はできません.
これらの問題点,無理やりなステージわけ,たしからしさを考慮しない割算推定
法,集団の特性値の推定誤差,といった問題は階層ベイズモデルといった,現代
的な統計モデリングを適用すれば解決できます.
2. の「植物個体群の特徴づけは,なんでも固有値」問題ですが,このあたりも
理論的な (あるいは空想的な) 無限サイズの集団と,現実的な有限個体数からな
る集団の挙動のちがいがあまり理解されていない現状があるようです.工藤さん
PD の川合さんがシミュレイションによる個体群絶滅の評価を生態学会で発表し
たときに,何人もの人たちから「λ > 1 なのになぜ絶滅するの?」といった質問を
うけたそうです.無限集団と有限集団のちがいが区別されていません.
現存する (有限サイズの) 植物個体群の絶滅確率は,動態パラメーターだけでなく,
現在の個体群サイズに強く依存するなどといった考えが普及すれば,このあたり
は改善されるのではないかと思います.センサスデータを利用して動作する個体
ベイスモデルでランダム性に左右される個体群シミュレイションが簡単にできる
ようになれば,このあたりの問題も解決されるかもしれません.
また副次的な効果として,サイズ以外の「個性」を捨象してしまう遷移行列モデ
ルとは異なり,個体ベイスモデルでは実際に観測されたさまざまな状態を反映さ
せることができます.たとえば「個体サイズが同じでも,ある年に繁殖したかど
うかで翌年の挙動が異なる」といった状態に依存した変化もあつかえます.さら
にコドラート内の空間構造なども反映させることができます.
3. は限定されたデータにもとづいて,実際に観察される植物集団の絶滅確率の評
価をするにはどうしたらよいだろうか,という点について研究を進めることがで
きれば……と考えております.あるコドラート内の集団の「絶滅確率」を予測す
ることは比較的簡単にできそうです (2. であげた方法を使用).しかし,いわゆる
「個体群」はこれよりも大きな範囲の集団をさします.コドラート単位でとられ
たデータをくみあわせて,もう少し範囲の広い「個体群」の絶滅確率をどう予測
すればよいのか,分集団の同期性やネットワーク化の度合いを考慮して何かでき
るだろうか,といった問題を検討したいと考えています.