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ぎょーむ日誌 2007-04-15

苦情・お叱りは, たいへんお手数かけて恐縮ですが, 久保 (kubo@ees.hokudai.ac.jp) までお知らせください.

2007 年 04 月 15 日 (日)

北大の久保です.「森林動態シミュレイションの難しさ」に関する説明が足り
なかったようなので,補足説明します.

森林動態シミュレイション構築の難しさはいろいろとあげることができます.
すぐにわかるのは,そういうシミュレイションがあつかえるほど研究者がなか
なか森林生態学まわりにはいない,ということがあります.しかし,ここでは
それは問題にしないことにします.

さて,めんどうなプログラミングの経験があり,データ解析の手法にくわしく,
関連する文献を勉強したことがある人間にとってもいくつかの困難が予測され
ます.データ→プログラミングの方向で並べますと,

1. 必要な観測データがまったく足りない

2. 観測データから樹木の成長・繁殖・死亡のパラメーター推定が困難

3. 三次元シミュレイションを高速化する森林内光強度計算が困難

といったことがあげられます.1, 2, 3 の順で重要です.各項目についてもう
少しくわしく説明します.

1. 必要な観測データがまったく足りない

これまでの経験から対象となる多くの森林生態系を計算機内に再構築するため
のデータが足りない場合が多々ありました.撹乱によって生じた林冠ギャップ
のその後の変遷に関するシミュレイションに興味があるようですが,これをシ
ミュレイトするためには,

・対象となる森林で林冠ギャップ形成前にそこにどのような稚樹集団が形成さ
  れていて,撹乱によってどれだけ生き残っているのか

・ギャップ形成後にそのギャップへの種子供給はどうなっているのか (ギャッ
  プ周辺の毎木調査や繁殖調査が必要)

・ギャップ形成後に土壌中の休眠種子はどのように応答するのか

・稚樹集団は林冠ギャップという「ふつうではない」環境下でどのように成長
  するのか
  
・またそのような状況で稚樹間競争の帰結はどうなるのか

・稚樹間競争は成長にともなう樹形変化に強く依存しているが,その樹形変化
  のデータはあるのか

・いったん形成されたギャップは拡大するのか (ギャップまわりの林冠木が倒
  れる確率など)

といったデータが必要になります.おそらく統計学的なデータ解析ができるほ
ど,これらに関するデータが対象となる森林に関して存在してないと思います.

2. 観測データから樹木の成長・繁殖・死亡のパラメーター推定が困難

この点に関しては生態学のデータ解析で近年つかわれるようになってきたベイ
ズ推定という新しい手法をもちいることによって,以前に比べると (樹木の成
長・繁殖・死亡に関する) パラメーター推定はかなり改善されてきました.し
かしながら,この方法はまだまだ発展途上であり,上にあげたような多数のパ
ラメーターをあつかうためには,それなりの時間をかけた研究が必要となるで
しょう.

3. 三次元シミュレイションを高速化する森林内光強度計算が困難

これはもっとも技術的な項目で,ただ単に計算機内の三次元森林内の光分布の
計算はしばしば困難であり,計算に時間がかかるというだけの問題です.しか
しながら,森林動態シミュレイションの構築のためには試行錯誤が必要であり,
試行錯誤のためには計算を何度もやりなおす必要があり,計算を何度もやりな
おすためにはこういった技術的な問題に時間をかける必要がある,ということ
です.

以上のような困難性が予想されます.とくに 1. のデータに関する点はたいへ
ん重要です.私の意見では,現時点では計算機シミュレイションによる定量的
な予測は (おもにデータ不足が原因で) 困難です.

それよりもこういった森林を長年観察されている森林研究者・技術者の意見を
集約して予測するほうがよほど確度の高い予測が可能だろうと考えております.
学術的には予測能力が低い森林動態シミュレイターの構築にもたいへん価値が
あるのですが (数量化されたデータだけで森林動態がどこまで再構築可能なの
かを検証できるので -- つまり「われわれは森林というものをどれほど『理解
できてない』のか」を確認できる),実務の上では「まとはずれな『予測』ばか
りはきだす計算機プログラム」以上の価値はないと思います.

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