[1. 研究の概観と十方山ブナ林動態モデル(共通部分)について]

Q. 何の研究をしたのか?

A. サイズ構造のある森林動態モデルの挙動を決めている要因を検討した...というか「計算方法」の比較.

Q. 誰が研究したのか?

A. この文書を作成した私(久保)が中心に進めた.私は1997年4月から9月末までアメリカ合衆国プリンストン大学でまったく非公式な滞在研究をする機会があった.この大学ではSteve Pacala 教授,Simon Levin 教授,Ben Bolker 博士(Pos.Doc. 研究員)たちが空間構造を考慮した個体群・群集動態モデルのための様々な計算方法を開発していた.彼らはこれまでおもに水平方向の空間構造ばかり研究していたので,私は垂直構造のある森林動態モデルに彼らの手法を適用してみた...つまり「ヨコのものをタテに」しただけ.

Q. ここで用いる計算方法とは?

A. 以下の4つである;平均場近似(完全混合空間近似),齢構造近似(齢構造を考慮した平均場近似,甲山近似),共分散近似(二次モーメント近似,Bolker&Pacala 近似),Individual Based Model (IBM, 個体ベースモデル).同じ「モデル」を計算する場合でも,これらの計算方法はそれぞれ仮定することが異なる.その説明は後述.

Q. それ以外の計算方法はないのか?

A. 樹木の連続サイズ分布の計算方法に関しては上記の4つ以外は今のところ他にはないのでは...? 共分散ではなくもっと高次のモーメントを計算することは可能である.しかし面倒なので誰もやっていない.「高田・中静」法は発想としては共分散近似に似ている.ただしサイズ分布は離散分布に限る(行列モデル).

Q. 話のあらすじは?

A. 林分-群落レベルの森林動態を数理モデルで再現するためにはIBM が良いと考えられる.なぜならば,野外で観察されていることと計算していることが「もっとも近い」と考えられるためだ.それでは,(よくある)連続密度分布関数を用いたサイズ分布モデルでIBM の挙動を再現するにはどうしたらよいだろうか.従来のサイズ分布モデルは平均場近似と呼ばれる計算方法を採用している.この手法は仮定が「ホントらしくない」ので,らしからぬ結果が得られる.ホントらしい結果を得るためには,「林分内に大径木が居すわっているならば,中径木が存在する確率は低い」といった負の共分散構造を再現する必要がある.齢構造近似は,林分の「齢」という変数を導入することで負の共分散構造を生じさせる.一方,共分散近似はサイズ分布だけでなく二次モーメント分布を近似的に計算することで,サイズ分布と共分散構造の時間変化を同時に得る.これらの計算方法は使用すると,ホントらしい結果が得られた.

Q. なぜサイズ構造を考慮した森林動態モデルを作るのか?

A. 「大きい樹木が小さい樹木に与える影響」と「小さい樹木が大きい樹木に与える影響」がずいぶんと異なるのではないかと予想されるため.例えば,そのようなモデルを想定して,樹木のデータを解析すると確かに「サイズの違いがもたらした」らしいと考えられる,樹木個体間相互作用らしきものを間接的ながら抽出できる.

Q. 「樹木のサイズ」とは何か?

A. ここではDBH (胸高直径)が樹木の「サイズ」であると仮定する.

Q. 全体の段取りは?

A. まず非常に簡単な森林動態のIBM(Individual Based Model)を作った.これは,井田秀行さん(長野自然保護研)と以前に共同開発した十方山のブナ林のIBM をさらに単純化したものである.次にこのIBM を同一条件のもとでの500回の試行を得た.これらから「林分の平均BA(胸高断面積合計)の時間変化と定常状態における「サイズ分布」を計算した.最後に,これらの結果を再現できるような近似計算方法の構築を探索した.

Q. 「IBM」と「近似計算」は違うのか?

A. ここではIBM を「モンテカルロシミュレーション」という方法で計算している.IBM はたいていの場合,このやり方で調べられる.そして,一般にシミュレーションは近似計算と呼ばれない.一方,ここで言っている「近似計算」とはいずれもごく簡単な偏微分方程式で記述され,どの計算方法においても「この部分は正しくないんだけど,正確に計算するのは不可能もしくはひどく困難なので,計算に都合のよいように数式を簡略化している」部分がはっきりと存在している.近似計算の研究においては「簡略化を行っているにもかかわらず,結果はそんなに悪くない」ことを示すことを目標としている.つまり重要なことはちゃんと計算に取り込まれていると主張することをねらっている.

Q. 十方山のブナ林のIBM とは何か?

A. ...すみません,まだ論文にしてません.どうしても詳しく知りたい人は久保までお尋ねください.ここではオリジナルのモデルを知らなくてもまったく差し支えないです.

Q.「単純化したモデル」の概要は?

A. 概要は以下のとおり:

登場する植物:ブナ1種のみ.
様式:確率論的離散時間個体ベースモデル.
舞台:20m四方の林分.
水平構造:林分内・林分間の水平的な空間構造は考慮しない.
垂直構造:DBH によって決まる「サイズ構造」があると仮定した.
相互作用:林分内の他個体とのみ相互作用すると仮定した.
サブモデル:「成長」「死亡」「新規加入」の三つ.

Q. 「林分内・林分間の水平的な空間構造は考慮しない」とは?

A. ここでいう林分というのは20m四方の平らな土地を考えている.その林分内に存在する個体の位置関係は無視するということ.種子散布などなどによる林分間相互作用も考えない.

Q. 水平的な空間構造を考慮しない目的は何か?

A. 目的は,水平的な空間構造すら考慮していないようなごくごく単純化した森林動態モデルにおいてさえ,計算方法によってぜんぜん結果が異なることを示すことである.

Q. 「モデル」と「サブモデル」の関係は?

A. うーん...とりあえずここでは,サブモデルの組み合わせをモデルと呼ぶ.これら三つのサブモデルはどの「計算方法」でもまったく同じ.ただし,組み合わせるときの方法が異なると,違う結果が得られる.同じサブモデルを使っているのに結果が異なっているので,異なる「モデル」のように見える.実際のところ「計算方法」とは「計算するときにどのような仮定を設けるか」ということなので,「計算方法が異なれば,それは『異なるモデル』」と言っても差し支えないと思うが...うーん...

Q. 「成長」のサブモデルは?

A. 甲山モデルの確率過程版.相対成長率は指数分布に従うと仮定した.一個体の相対成長率の期待値は,

a0 - a1 ln(x) - a2 Σα(x,y) N(y) ,

であり,x はその個体のサイズを表す変数,a0 は「内的自然成長率」,a1 は「サイズ成長の頭打ち」,a2 は「個体間相互作用が成長率に悪影響を与える程度」を表すパラメータである.Σα(x,y) N(y) は「被圧関数」と呼ぶことにする.

Q. 「被圧関数」とは何か?

A. サイズx の個体が林分内の他個体からうける「被圧」の量を表す.ここではΣα(x,y) N(y) を被圧関数としている.Σは林分内の個体に関する総和であり,α(x,y) が「一方向的競争カーネル」,N(y) は「サイズy である個体の個体数」である.この関数は後述する「死亡」のサブモデルにまったく同じ形式で登場する.甲山さんのモデルでいう「B(x) 関数」とほとんど同じ.

Q. 「一方向的競争カーネル」とは何か?

A. サイズx とy の2個体間の「競争の強さ」を表す関数.ここでは,

α(x,y) = y*y if x < y,

α(x,y) = 0 otherwise,

とした.ひらたく言うと「もしサイズy がx より大きければ,その被圧能力はその胸高断面積に比例する.それ以外の場合はゼロ(影響を与えない)」というものである.「胸高断面積」なので円周率を掛けて,4で割って,林分面積400平方メートルで割っている(上では略).この関数形も甲山さんのモデルと同じ.

Q. 「成長」のサブモデルの挙動を一言で言うと?

A. 「成長初期にはブナのDBH は指数関数的に増大し,このモデルではDBH100cm 付近でしだいに頭打ちとなり,さらにその成長速度は被圧されると遅くなる」.

Q. このモデルでの具体的な成長速度は?

A. 例えば,被圧されていない個体ならば50-100年でDBH 80cm に到達する.

Q. 「死亡」のサブモデルは?

A. 一個体の死亡率(死亡速度)は,

d0 + d1 x*x + d2 Σα(x,y) N(y) ,

であり,d0 は「内的自然死亡率」,d1 は「死亡率のサイズ依存性」,d2 は「個体間相互作用が死亡率に悪影響を与える程度」を表すパラメータである.Σα(x,y) N(y) は「被圧関数」であり,上記を参照のこと.

Q. 「死亡」のサブモデルの挙動を一言で言うと?

A. 「ブナはほっといても勝手に死んでいくけど,サイズが増大するにつれ,あるいは個体が被圧されると死亡率は急速に高くなる」.

Q. このモデルのブナの平均寿命は?

A. 何をもって「平均寿命」とするか,が難しいが...もし一生の間一度も被圧されなかった個体ばかり集めてくれば,おそらく200-300年の範囲に寿命の平均値が集束するだろう.

Q. 「新規加入」のサブモデルは?

A. ここでは明らかにしないさまざまなめんどーを避けるために,非常に単純化した.林分内に新規加入する個体数の平均をf0 とした.ここではf0 は3.0 とし,「新規加入」した個体はこのモデル世界における「最小サイズ」の個体である.ここでは最小サイズをDBH 5cm とした.新規加入速度が密度非依存であると仮定しているので,林分内に親となるブナが存在しなくても,DBH5cm の稚樹が「わいて」くる.非現実的な仮定である.しかしこの研究で調べたいことにとっては致命的ではないと思ったので,この仮定を採用した.

Q. 上記のパラメータは野外調査データから推定できるのか?

A. ここまで登場した7つのパラメータa0, a1, a2, d0, d1, d2 そしてf0 はすべて(原理的には),森林動態の毎木データから最尤推定法などを用いて推定可能である.ただしサンプル数が多くないと正確な値が得られない.具体的な推定方法は今回は述べない...実は,成長率以外は,かなりいい加減にやってしまった...いやはや.



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