<裏商売> シリーズ

Dual Boot:奇妙な依頼

[目次] 依頼人の失望 | 霧中の探索 | 反攻の起点 | 奴隷化の手法 | 冬の報酬

依頼人の失望 ── Linux&Window$ System ──

「君には失望した」
依頼人は帰り支度を始めた.
不本意ながら 何か言い訳じみたことを口にしなければならなかった.
「Dual Boot 環境構築が経験ないのに, それをナメていたのは認める. それに」
卑屈にならぬためには努力が必要であった.
「Window$98 なんぞという変テコなシロモノを 『更地』に入れる面倒を理解していなかったことも」
「私は君にWindow$ に関する論評を求めた覚えはない」
「スウィス銀行にすでに振り込まれている報酬は返還する. 依頼された仕事は続行する」
もはや商売ではない.
いやこれも商売の一部か.
「どうだ. あんたはこれより安くその Let's note を蘇生できる人材を この地上には見いだせないはずだ」
「──悪くない取引きかもしれん」
先方はこれを待っていたのか.
依頼人の目からはいかなる種類の感情も 読み取れなかった.
「二週間ののち, 私はふたたびこの地を訪れるだろう──」 いったんは鞄に仕舞い込まれたsubnote PC が 机上に戻された. 「事務所に出入りしている 若い連中にも言って聞かせているんだが── 世の中には三種類の就業者がいる, と私は理解している. 職業倫理を持つもの持たぬもの, もし自己の内側にあるべきものがあるなら それを実践できるものできぬもの,だ」
依頼人の姿はすでに闇の中に消えつつあった.
「次に会う日までに 君は何ごとかを証明することになるのだろう──」

霧中の探索 ── Config.sys ──

今回のターゲットに関する情報:

  • 機種: Panasonic CF-S22 (1998年購入)
  • 通称: Let's note/S22
  • CPU: Intel MMX Pentium (266MHz)
  • RAM: 96 MB
  • HDD: 内蔵 (4.3 GB, IDE)
  • CDD: “純正”/外づけ/PCMCIAカード経由/20倍速
  • Video Chip: NeoMagic
  • 依頼人からの留意事項:
    ひとつのハードウェアの中にLinux とWindow$ を共存させ, どちらのシステムも問題なく使用できること. TurboLinux3.0 と Window$98 を導入すること.

……私にとっては まったくもってわけのわからないことばかりであった. 何ゆえにこの“純正”CD-ROM ドライヴに付属している ドライヴァーとやらは全くものの役に立たないのか. あるいは そのメイカーの苦情受付掛がすばやく対応するのは まぁ良いとして, どうしてあの明確かつ具体的な質問に対して これほどまでに 的外れで正気の所在を疑わせるような「ご回答」メイルを 送りつけてくるのだろうか. これは何らか悪意によってなされたことなのか. であるならば, なぜ私がその対象となるのだろうか.

思い返せば, PC なるアーキテクチャーの一部として定義されている, ハードディスクに オペレイティングシステムの起動情報を書き込むべき MBR と呼ばれる領域について 私の理解がまったく不足していることが, 事態をここまで悪化させてしまった原因なのかもしれない.

むろんMBR の支配をWindow$ にゆだね, Linux はWindow$ から起動するような仕掛けにしてしまえば, おそらく問題はすんなりと解決するのだろう. しかしながら, そのような手法にはまったく感心できないのだ. 心情的な反発というばかりでなく, Linux を起動するのにいちいち時間のかかる Window$ のboot sequence を通過しなければならない システムを構築するのは, いかにも馬鹿げたことのように思えたからだ.

依頼人はPC-Unix に興味があるけれど, かといってWindow$98 など豚の餌にもならないと 断罪する(これはこれで豚には失礼な表現か) ほどには 浮世離れもしくは気違いじみていないために, あのような「ふたつのOS を持ったシステム」を希求したのだ. そのことについて 私は自らの信ずる何ごとかを押し付けるつもりはない. たとえ その依頼が私にとってはとてつもなく 奇妙に思えたとしても. 私の職業は職人のそれに近いものであり, 宗教家のたぐいではないからであった.

ともあれ, インターネット上で得られる多くの情報が示しているように, Dual-Bootable にするためには まず最初にWindow$98 をインストールしたほうが良さそうだ. しかしながら, なんとしたことか, いかなる詐術や奇計すら用いても, このLet's Note なるsubnote PC は 同じ製造元のCD-ROM ドライヴを 頑として「認識しない」のだ.

言うまでもなく, プリインストールのWindow$ を消去する前に しかるべき起動ディスクを作らなかった 私は責められる べきなのかもしれない. だとしても, この不条理さは尋常なものではなかった. 「ご回答」メイルの示す CD-ROM ドライヴのドライヴァーを求めて, 私は持てる検索能力の全てを発動して ネットの上をさまよい続けた. その結果として, 「なぜあの会社は, 自社製品の購入者に対して 他社の有料製品であるドライヴァーを買えと 命令するのだろう?」 という 不可解かつ不愉快な疑問点が 新しく得られただけであった.

正直に告白するなら, 私はこのM$-DO$ に源流をもつ一連の体系を操作する 知識も経験もまったくない. とはいえ, さいわいなことにこんにちでは インターネットにて適切なる検索を行えば, たとえば 「Subnote PC に 外づけCD-ROM ドライヴを認識させつつ 起動するためには どのようにConfig.sys を書けば良いのか」 といった情報ならばいくらでも得られるのである. ここで対象としているLet's Note の一派生型が 最近になって市場に投入された新商品であり, それゆえにこの機種に特化した情報がほとんど得られなかった としてもそれは致命的ではない. 私がなすべきは, それら無数の情報を糾合し帰納することによって, 現在直面している壁を乗り越え 目標地点に至る道筋を見いだすことにつきる. これほど多量に情報が提供されているならば, そういった問題解決の方法論を実施するにあたって 不足している部分があるとは思えない. いつものとおり頭を低くして辛抱強く前進を続ければ, たとえ巧緻ではないにしても 事態をなんとか打通できる策が得られるはずであった. しかるに, あるいは<英雄的> と揶揄されるかもしれない 忍耐のときを経てなお, 私は展望のまるできかない 霧の中をさまよい続けているのであった.

反攻の起点 ── PlamoLinux ──

よーし, もうやめた.
やめと言ったらやめだ.
M$-DO$ だのWindow$ だのの わけのわからん設定など知ったことか.
どこかにあるかも定かではないドライヴァーを求めて ネット上を徘徊するなど愚かなことだ.
そんな馬鹿げたことはいっさいやめだ.
やめと言ったらやめだ.
ここから先はこちらの得意な手でケリを つけてやる.

“定石”などくそくらえだ.
まずはLinux を入れてLet's Note を蘇生する.
Turbo Linux の起動設定は どうにもへっぽこな感じだったからPlamoLinux だ.
これならたいていの場合問題ないだろう.
TurboLinux なんざぁ あとから入れればよいのだ.

PlamoLinux インストーラー起動.
ほほーう.
相変わらず“純正”外づけCD-ROM Drive とやらは 認識しないな.
ふん.
だからどーした.
Linux を近頃のPC にインストールするのに正常に動作する 「直結された」 CD-ROM ドライヴなどは十分条件のひとつにすぎない.
必要条件ではないのだ.
そしてこちらには <闇ネット> がある.
このための<闇ネット> だ.

<闇ルーター・鳳翔> のNFS server の設定を変更.
ついでにPlamoLinux のCD-ROM をmount.
さぁ,もういちどLet's Note をフロッピーディスクから 起動して……
そーら,つながった.
これで<闇ネット> を介して Linux をインストールできる.

さーてさてさてさて.
どうしてやろうか.
どうせPlamoLinux はあとから削除するから 必要最小限の部品だけ……
……あっと言う間にインストールが終わったな.
起動情報はハードディスクのMBR には書かない.
フロッピーディスクに書いておこう.
ああ, 多少はバカバカしくはあるね.
よーし,再起動.
うまく立ち上がれよ……

うん.
自律した<魂> が宿ったな.
ようこそ,この世界へ.
Linux の核晶に駆動されたるLet's Note よ.
さぁ,ここを起点として反攻開始だ.

ログインすればそこには勝手知ったる世界がある.
当然のようにUnix のコマンドも自由に使える.
当然のようにDO$ コマンドなど使わなくてよい.
当然のようにネットワーク機能は充実している.
ならば──
われらが最強にして忠良なるしもべ <鳳翔> を召喚.
──よーし,来たな.
Ethernet あるところでその名を呼べば, 必ず彼女はやってくる.
われらに仇なす敵を打ち砕くべく 紅の翼をあたえられた可愛い小鳥.
おっと.
物理的な作業がひとつだけ必要.
<鳳翔> に Micro$oft 謹製のCD-ROM を入れてmount.
これでWindow$98 とやらを Let's Note に流し込む手はずは整ってきた.

そうだな……
<闇ネット> の回線資源を こんなことで浪費するのもハタ迷惑だな.
あらかじめ圧縮しておくか.
<鳳翔> に発令.
Windows$98 のインストール用CD-ROM の中身を tar zcf.
圧壊・圧壊・圧壊……
ずいぶん小さな固まりになったな.
<闇ネット>NFS 経由でLet's Note の Linux (ext2) 領域にいったん転送.
同じディスク上の DO$ (vfat32) 領域にtar zxf で伸張かつ展開.
これでいいか.
それではLinux よ, しばしの別れだ.

さーて,と.
いやいやながらWindow$98 インストール用起動ディスクにて Let's Note を起動.
なになに.
“CD-ROMを使うか?”だって?
mount できないくせに,わざわざ聞くんじゃないよ.
当然そんなものは使わない.
ふん.
最初からそうやっておとなしくしてればいいんだ.

ああ,またまた出ました.
A:\
はいはい.
おっと, インストール作業の前にFDISK /MBR.
さっさとハードディスク領域(C:) に移動して.
あったあった.
さっき仕込んでおいた 「Window$98 インストール用CD-ROM」の中身.
どっかにインストーラーとやらがあるはずだ.
ええ,そうだろ?
これか.
……よーしインストーラーめ, 起動したな.
これでわかった.
Window$ をインストールするには, 内蔵であれ外づけであれ CD-ROM ドライヴとかいう円盤回転機を 「直結」しなくてもいいんだ.
ただPC-Unix さえあればよい.
なーんて独創的な解決策だ.
世界で初めてかもしれん.
わはははははは.
ビル=ゲ○ツめ, へっぽこハードウェアメイカーめ.
出し抜いてやったぞ.
ざまぁみろ.

奴隷化の手法 ── Window$98 ──

それは「再起動の嵐」であった.

つきせぬ「再起動」の繰り返しであった.

何かを設定するたびに, そう あたかもそれに対する 私へのペナルティーであるかのように, 「再起動」を何度も何度も, 何度も何度も要求された.

──あるいはこう考えれば この呪われた忌まわしい現状に対して, 私自身が納得できる何かが見つかるのかもしれない. すなわち 私が以前に犯した罪ゆえに いまこうやって終わることのない罰を 受け続けている, というアイデアだ. このような安易なくだらない尊厳のかけらもない 想念を弄べば Window$98 の設定作業とやらに伴う苦痛が 軽減されるのではなかろうか. なんとならば いかなる種類の救済すら望めない世界にあっては かかる架空の系を創出したうえで その中に「自分自身の位置」を定めることで 精神の外殻の破損を食い止める, という機能をヒトの大脳は付与されているらしいのだ. 外殻が失われれば, 次には中核部が じかに危険にさらされてしまうからなのだろう. ユーラシア大陸の北東部における 政府に強制された ある特殊な集団生活について 記した著作の中で ロシアの文筆業者が述べているように, 人間とは 「永劫に続く虚しい作業」 の前にはいともたやすく崩壊しかねない脆弱な存在なのだ. 第一のバケツから第二のバケツに水を移し, 次に第二のバケツから第一のバケツに水を移す, といったような. それともかつて地中海沿岸に住んでいた人々が シジフォスを罰するために発案したやり口を 思い浮かべてみるべきなのだろうか.

画面の解像度を変更した.
再起動
やっぱり元に戻そう.
再起動
プリンターの設定.
再起動
IP アドレスを入力.
再起動
あ,gateway の指定を忘れてた.
再起動
おやおやDNS のアドレスに入力ミスが……
再起動

………… そうだ. そうに違いない. きっとそうなのだ. かくもMicro$oft 信者が多いのは, この「再起動の嵐」ゆえなのだろう. これはまるで一種の洗脳だ. 何度も何度も何度も何度も 頭がおかしくなるような 単調な作業を無理強いされているうちに……
    再起動を繰り返すのは苦しいことだけど, ビル=ゲ○ツ様のおっしゃるとーりに, この修行を乗り越えていけば (他のみんなだってこの苦行に耐えたのだ), いままでの間違えた人生は清算され, より精神的に高位な世界への昇華するんだぁ
……と マゾヒズムに結び付いた エセ求道イズムが満たされていって, 人は次第にMicro$oft の精神的な奴隷へと転落……

冬の報酬 ── Teku-Teku ──

「今回の当方の依頼が完遂されたことは確認した」
依頼人は帰り支度を終えた.
小さな包を取出し机の上に置いた.
「そして, これは私が知る女の子から 『雪深い街に住むコンピューター修理名人のおじさん』 に対する贈り物だ」
「報酬を受け取るつもりはない. だいたい, あんたは自分の商売を いったいどういうものだと 身内に説明しているんだ」
依頼人はすでに歩み去りつつあった.
「君が作業に没頭するあまり, 室内に閉じこもって運動不足にならぬよう 彼女の配慮だ. 一日ないし二日遅れになったが──」

包みの中から 「てくてくエンジェル」があらわれた.
「人工生命育成」万歩計.
この季節に何かを送られるのは14年ぶりか.

クリスマスの次の日の夜もまた, 札幌は雪であった.







[補注]
上の記録らしきモノを読むと わりと「すんなり」と Window$98 をインストールできた かのように読者は考えるかもしれない. 実際にはもっとむごたらしく残酷な 場面の連続であったのだが, 読者の精神衛生に配慮して 過剰な刺激を与える情景の描写は 割愛している.
(1999016)