「森林動態の格子モデル」

「数理生態学」(1997,共立出版)第1章より

執筆:久保拓弥(九州大・理)

・サマリー

 森林を小さな正方形に区切ってデータをとり, それを解析すると不思議な現象を見つけることができる。 樹木が枯死・転倒する場所が, まるで水面に広がる波紋のように, 徐々に横に移っていく「ギャップ拡大」である。 この現象は人間のような短命な生物には森林の 一部のゆっくりした変化にしか見えない。 そこで数理モデルを使って ギャップ拡大が森林にもたらす帰結を予測してみる。 ごく局所的な変化が空間構造を通じて全体に波及していく 様子を格子モデルで調べてみよう。

・はじめに

 生態学では「格子モデル」を用いたモデル作りが流行している。 格子モデルとは何だろうか? これまでのモデルとどこが違うのだろうか?  
 個体群生態学は生物の数の変動機構の解明を目的として 研究する分野である。 これまでこの分野では個体群動態に関する 多くの数理モデルが開発されてきた。 たとえば,エサと天敵(被食者と捕食者)の 密度変化を表すモデルがある。 一番簡単なモデルでは,エサが天敵に食べられる速度は [天敵の密度]×[エサの密度] に比例している。 つまり,エサと天敵の相互作用は, あたかもよく撹拌されたビーカーの中の 化学反応であるかのように取り扱われる。  
 どのような場合でもこういったモデルで問題ないのだろうか? 図1に示した例で考えてみよう。 図1(A)は2種類の生物がよく混合されている。 一方,(B)のほうはそれぞれ同じものどうしが強く集中している。 もし生物が自分の近くにいる個体としか相互作用しないならば, (A)(B)のそれぞれでかなり異なる個体群動態が観察されるだろう。 また生物の分布は時間とともに変化するはずである。

 このように混み具合の空間分布と時間変化が 重要であるような生物集団の挙動を解析するために 「格子モデル」が生態学に導入された。 「生物または生物のすみ場所の配置が碁盤の目状(格子状)になっている」 と単純化すると,数理モデルとしての取り扱いが格段に簡単になる。 この章では格子モデルを使って森林動態の問題を調べてみる。 なお,格子モデルは森林生態学だけでなく 生物学の幅広い問題の解析に用いられている。


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