さて,このあたりの生態学のモデリングのうろうろぶりについての私見ですが…… 拡散方程式を使った数理モデルを生態学の現象 (だけでなく動物の縞模様の発生 過程などにも) にあてはめるのは,わりと「由緒ただしい」というか古典的な ハナシだろうと思います.古典的である理由は,もともと生物集団の人口動態 (ぎょーかい用語では個体群動態) は「1 個体,2 個体,...」と数えられる粒子 モデルではなく,あたかも個体数を流体のように見立てた「個体群密度」という 概念で数理モデル化されていました.こうする理由は計算がラクになり (モデル が微分方程式で簡単にかけるから),確率論的な変動は「ないこと」にしやすい からです. したがって生物の移動分散も,流体の拡散であるかのように数理モデル化して, おもに拡散不安定性がどーのこーのとか,奇抜な空間パターンが作れるとか そういう研究がなされていました.現実の生物を説明するときに役に立った事例 として,海洋プランクトンの動態モデルなどがあげられます.これは生物集団の 流体化という近似がうまくいった事例でしょう. 一方で流体化という形式の「便法」の限界について考えの足りない研究などもあり, ちょっと現実ばなれしているとか,ばらつきの構造をうまくとりいれていないため に不適切なモデルも提案されたりしました.また,陸上生物は流体とか単純な拡散 モデルで近似することが難しく,実データとの対応しません.計算機が発達してく ると,むしろ粒子モデルを使って「1 個体 = 1 点」とするようなシミュレイション などが現実のデータを説明するときに威力を発揮しました. 最近になって MCMC が生態学でも使われるようになり,流体というか「密度」 モデルの新たな活かしかたが研究されています.つまり,場所ごとに「独立では ない」個体群密度を生成するような確率論的モデルを作り,各地点の個体数の 観測値 (これは離散値) と対応づけるような統計モデリングです.空間-時間構造 データの統計モデリングの教科書 Cressie and Wikle (2011) Statistics for Spatio-Temporal Data. も刊行されました.生態学のジャーナルにも (それほど頻繁ではありませんが) このような統計モデルを使った論文が掲載されています. 送っていただいた論文についていえば,私の感想ですが,上のような流れの中で でてきたと考えることもでき (MCMC でデータと統計モデルを対応づける,など), さらに著者があれこれ応用数学的な道具立て (有限要素法とか) を紹介するといっ た内容のようですね.まあ,Theoretical Population Biology といえば (もう 10 年 以上もながめたことがありませんが) かつてはホントに数式だけ,移動分散につい ての論文が掲載されるとしたら拡散方程式の性質に関するまにあっくな探求みたい なものだといった印象だったのですが,この論文では実データ解析まできちんと やっているので,その点はちょっとおどろきました.おへんじをいただいたので, ひとこと蛇足な補足みたいなことを.
そうですね,生態学の統計モデリングでも「方向性のない漏れだし」を考慮している ものはあります.また,拡散っぽくならないメカニズムもいろいろありそうで,ある 地域では高密度になる前に流入を阻止するようなチカラが働くとか,なんだかわかり にくい局所密度依存な非線形な項が入ってきたりする場合,あるいは遠隔地への長距 離侵入が重要となる事例もあります.基本的に, 私は生物集団を「どろねばな流体として近似」 とゆーのは好きではありませんが (拡散とかあまり意味ないし), まあ上にも書いているように, 統計モデリングによって連続値である「密度」 とカウントデータである観測値が対応づけられるようになったのは, よいのではないでしょうか, ということで.