ザンビアより「遠い」演習林

先日, ザンビアから発信された電子メイルをいただいた. アフリカ内陸部からメイルをもらうのは 初めてだったこともあり, 「ああ 電算機回線を介して到達できる世界が どんどんひろがっているんだなぁ」と, とても感銘をうけた.

ザンビアにおいて インターネットなる万国電算機回線網の 中核的拠点となってるのは どうやら Zamnet という営利internet servervice provider であるらしい. 同社のweb page は ……であり, ここでよく整備された情報を閲覧できる. Zamnet では FreeBSD で構築されたサーヴァーが利用されている. ここでもPC-Unix が活躍し アフリカ大陸内陸からの 情報発信・受信に大いに貢献しているのである. まことにご同慶のいたりである. 回線の接続やルーティングも順調なようで, やや長文のメイルを 同国首都・ルサカから 北海道共和国首都・札幌まで転送するのに 20秒と少ししか要していない (ところでZamnet は どのような手段で他国と これほど高速な 電算機回線を接続しているのだろう? 通信衛星経由説もあるんだけれど よくわからない).

かくも めでたき世に移りつつあるというのに, その流れに取り残されているものもある.

北海道大学にはザンビアより「遠い」組織がある. 苫小牧(とまこまい) 演習林である. この演習林は農学部で利用されているだけではなく, 森林生態系のさまざまな側面を解明せんとする 研究者たちにひろく門戸を開いている. まことに貴重な存在と言わねばならない. 私がいま所属させていただいている研究室の メンバーの多くが 苫小牧演習林でなんらかの研究に従事しておられる. しかるに, この苫小牧演習林に ふつーの電話線以外に 電算機回線がないのである. 私から見れば ここはザンビアより遠い場所である.

私の雑記帳である この<自由帳> を ご愛読いただいている皆様なら 先刻ご存じのように, 私は「接続魔」である. 一人でぽつねんと さびしそうにしている電算機を見かければ, ただちに駆け寄り 抱きしめてやり 「勇気を出せ」とはげまし ついには電算機網につながずにはいられない. それゆえに 私財すらはたいて「闇ネット」を作った. そんな私であるから, 「久保さん, 苫小牧のコンピューターって メイルは何とか使えるけど, 大きなファイルは転送できないし, WWW の閲覧もできなくて とても不便なんですよ」 と聞けば, たちまち 「何がなんでも苫小牧演習林の インターネット常時接続を決行すべし. これは敵中に孤立したるわが方の電算機たちを助ける 解囲救出作戦である. 前進か死か」 と 誰も頼みもしないのに 一念発起して まなじりをけっしたのも むべなるかな, である.

聞くところによると, 技官の方の献身的努力によって 演習林がいま置かれている 最悪の状況でなしうる 最善の通信環境 ──すなわち電話線による断続的接続── はすでに実現している. これを いわゆる「専用線」を用いた常時接続に移行できない理由は 演習林がまっとうな電算機用通信回線を獲得できないことにある. これはたれが責任であるか. 1998年現在にあって もっとも安価なインターネット常時接続を実現するには 「OCN エコノミー線」を敷設することである. この回線を提供しているのはNTT である. 以上の判断から 私はNTT のOCN 部門に 苫小牧演習林の通信環境改善可能性を打診する 電子メイルを送った.

あとから考えてみれば, 農学部とは何の関係もない 地環研の半端者であるPD が あたかも演習林の電算機網担当者であるかのように 上のような要請を送りつけるとは…… 日本のうるわしきタテ割り的世界観に照らしてみるに, すこしばかり横紙破りではある. もしこれを知れば, 伝統と秩序を重んじること いと比類なき (なにしろあのクラーク先生ゆかりの) 北大農学部の教官 の皆様はきっと机を叩き 顔を真っ赤にして激昂して下さるだろう. 組織の構成員として長生きしたいと願う人は 私がやったような越権行為は慎まねばならない. しかしながら, 「電算機の常時接続」だのカイイ作戦だのとかいう 大義はたまた狂信にとりつかれている私は むろんのこと そんなものにひるんだりはしない.

ともあれ…… その後, NTT のお役所のごとき 形式的な手続きとたらい回しのはてに 「北海道大学を担当」しておられるという 方からメイルが届いた.

    ○ご回答
    ・苫小牧演習林へOCNエコノミーサービスを提供することができません。
    
    PS
    回答としては、味気ない回答になっており申し訳ございません。
    苫小牧演習林様が収容されているNTT交換機の対応が出来ておりません。
    また、現在のところ今年度及び来年度にNTT交換機にOCNサービスを
    提供する予定も有りません。
    

……という身も蓋もない回答である. そのメイルの末尾に 「OCNエコノミーを何とか提供できる方法が無いかを現在模索中です」 とあるので, それを「真に受けた」フリをして, 「光ファイバーとかでつなげないですかねえ」 などと水を向けると……

    OCNエコノミーサービスは、残念ながら光ケーブルでの提供は
    できません。
    
    OCNエコノミーサービスが提供地域でなくとも、提供地域から
    専用回線(高速ディジタル128Kbps)を介して提供することが
    出来ますが、苫小牧演習林に適用できるかを検討していますが、
    結論が出ておりません。
    この場合の料金は、OCNエコノミーの料金+専用回線の料金と
    なり、通常の料金よりも約10万円程度の高くなってしまいます。
    

……いやはや. 演習林から 「インターネットに常時接続」したければ 月々14 万円以上支払えという, ありがたーいお達しである. 苫小牧とは神の見捨て給いし土地なのか. やれやれ. 苫小牧演習林がザンビアより近くなるのは いったいいつの日なのだろう. NTT の方針など知ったことではないけれど…… 高価だけど有効に使われていない<グレ電> を むやみに設置したり, 採算のとれないPHS に無駄金を投下している余裕があるなら, 少しは 遠隔地用の高速情報伝達技術の基盤を整備してくれないだろうか. ああ,それともいっそのこと…… そこらのドラム缶でもかき集めて二段式ロケットを作って, 広壮な北大農場から 演習林専用の通信衛星でも打ち上げようか.

(19980902)

(19980911 追記) 苫小牧で野外調査している大学院生の鎌内さんから 同演習林は23時から翌朝8時まで 自由にネットに接続できるようになった (今まではWWW などは禁じられていた) と伺った. NTT の「テレホーダイ」を利用しているようである. 以前よりマシな状況だけど, これではまだまだザンビアより遠い.

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