論文紹介980519

o 担当:久保拓弥 (北大・地環研・地域生態)
o 今回取り上げるのは……
    Pacala, S.W. and Deutchman, D. 1995. Details that matter: the spatial distribution of individual trees maintails forest ecosystem function. OIKOS 74: 357-365.

「神は細部に宿る」:
樹木個体の空間分布が森林生態系機能を維持する

o 読解の焦点:
  • 野外調査データから森林動態モデルを作ったとします. 次にそれを使って, NASA やエネルギー省から お金をふんだくろうとする研究に 手を出したらどうなるでしょうか?
  • 「計算コスト」を下げようとモデルを単純化したのに結果が ヘンになってしまいました. だからと言って 決してくじけることはありません.
  • 自信に満ちあふれて もっともらしいことを書いてあるようでも, けっこうあちこちに弁解が満ちていますなぁ……
o 内容と註釈:

全体のあらすじ

  • この論文では空間構造の「こまかいこと」 (details) が 局所的・地域的・大域的な生態系機能と 生物多様性を維持する機構の本質的な特質に与える 甚大なる影響について議論する. 個体の詳細な空間構造は生物圏の「健康」と 人間の経済活動の両方にかかわるのである.
    • 註:Pacala 先生,冒頭から絶好調でとばしています.

  • この論文は三つの部分からなる. 最初の部分は二酸化炭素上昇に関する 地球規模でのさまざまな予測を 取りまとめ……(どーでもいいので略)……
  • 細かい空間レベルの森林動態モデルについて考える. 北米大陸のカシ (oak) - 北方林 (northern hardwood forests) の遷移を取り扱う. 5年かけてこのモデルを開発・検証している (Pacala et al. 1993, 1995a). 上述の地球規模での 生物圏の予測モデルでは 全森林の個体をまとめて生物現存量として取り扱っている けれど, われわれのモデルでは,森林内の 個体の空間配置やサイズを考慮している. さらには,同じ植生に存在する 多くの樹種を同じものとして取り扱うのではなく, ひとつひとつが異なる機能と パラメーターをもつとしている. 樹種を区別した場合としていない場合では全然結果が違って くるためである (Bolker et al., 1995).
    • 註:ここで言っているのが`SORTIE', すなわちコネチカットの森林調査区の観測データから すべてのパラメータを最尤推定法で特定して構築した 三次元空間構造を持つ森林動態の IBM (individual based model) です.

  • つぎに森林生態系の「空間構造の重要性」を調べるために, 同じ関数・同じパラメータを用いつつも 「空間構造のない」平均場近似 (mean-field approximation) を調べる……(略)…… 空間構造を考慮しないと(森林動態の)結果が全然 変わってしまうことがわかった.
    • 註:平均場近似についてはあとから説明するので, ここでは略.

  • 以上の結果が示唆していること: 個葉からいきなり生物圏にスケイルアップする現在の 生物圏モデリングには問題があるのではないだろうか.
  • 地球生物圏における二酸化炭素の固定(sequestration)

  • 近年,IPCC は……(略)……
  • 図1の説明:(A) 陸域生態系によるCO2 固定していないと 許容化石燃料使用料が少なくなる (CO2 を450ppm に維持する というシナリオ). (B) 同じ,ただし750ppm に維持するシナリオ.
    • 註:この節の内容を要約するなら 「二酸化炭素問題を考えるときには陸域植物を無視できない」. つぎの節で植物が単なる「二酸化炭素吸収スポンジ」でない ことを示す.

    森林動態のモデルについて

      註:これ以降,話の焦点はPacala の森林動態シミュレーター `SORTIE' に移る. SORTIEについてはDoug Deutchman の絶品の解説,

      http://www.sciencemag.org/feature/data/deutschman/index.htm
      を参照されたい. この節ではまずはBen Bolker による解析 「全樹種をいちいち区別することは重要かどうか」 が紹介される. ちなみにDoug もBen もPacala のポスドク研究員である. 人をこき使うのがたいへんうまい人なのである.

  • SORTIE は個体の (肥大・伸長) 成長・死亡・繁殖能力 に関して種特異的な関数を用いている. これらの値は 「それぞれの樹冠のてっぺんと一番下で受け取ることのできる光量」と 「それぞれの樹木個体のサイズ」によって決まる. 今回は栄養塩類と水分条件を勘案していない ヴァージョンで話をする. 種子散布についても樹種ごとに別々の関数を与えている. まわりに他個体が多いと受け取る光量が少なくなるという 機構論的 (mechanistic) な競争モデルを採用している.
  • これらの関数型やパラメータは 野外調査や実験のデータから特定されたものである. またシミュレータ自身の誤差解析も行い, パラメータのサンプリング誤差に対して, このシステムが頑健 (robust) であるとわかった. 図2の説明: □に注目.これはSORTIE で「そのまま」計算した結果である. これが◆ (観測されたBA (basal area) ) に近い. その他の線についてはあとから解説.
    • 註:ま,図2 では観測されたBA の標本誤差がけっこう大きいわけですが…… 図3 の説明はあとまわし.

  • Bolker et al. (1995) では, (二酸化炭素濃度が突然2倍になったという想定のもとで 100年間シミュレーションを行って) このSORTIE で樹種をいちいち区別することが重要かどうか調べた. 図4 に示されるように, 樹種を区別するときとしないときでは結果が大幅に異なり, 区別しているときにはそうでないときに比べてBA の上昇が 50-100% も増えた.
    • 註:図4 をよーく見てみましょう. 縦軸は「環境変化しなかった場合のBA に対する 変動環境下におけるBA 」ですね. 値域は1.00 から1.10. かなり劇的な環境変動があっても100年ぐらいでは 森林はほとんど変わらない, という結果なのです,これは. で,樹種を区別しているときとしていないときでも ほとんど差がない. だけどシミュレーションの結果の標準誤差の棒(1σか?) を示して, あたかも二つの結果の信頼区間が重なっていないかのように 見せかけていますね.

  • 樹種を区別したときとしていないときで, 結果が違ってくる理由は…… 新しい環境下 (高二酸化炭素濃度下) に 適応的な樹種とそうでない樹種があるので, 適応的でない樹木は消えていく. したがって時間とともに あたかも「森林群集そのものが環境に適応的」に なっていくようである.
    • 註:いったいどんなデータを使ったんだか…… でもまぁ面白いからいいでしょう. ここまでは今までの結果で, 新しいものが以下に示されていきます. この論文のすごいところは (というかモデル屋はよくこーいうことをやるんですが), あたかも「地球環境問題」論文のふりをしつつ, ここから先はCO2 とはまったく関係ない話が 続きます (私はまったくかまいませんが). Discussion でとってつけたようにCO2 の ことが議論されます.

    平均場モデル

      註:今回はこの節の詳細は解説しません. 一見するとややこしそうな数式がならんでいますけど, これらは話の本筋とはあまり関係ない (というかPacala が自分の趣味に暴走している) からです.

      ただし 「平均場近似」(mean-field models) という概念は この節よりあとで重要になってきます. 平均場近似とは「ホントは空間構造があるんだけど, それを無視しよう.個体の分布はいたるところで同じである と仮定しよう」という計算単純化のための一技法です. もうひとつ注意しなければならないのは 「なぜ平均場近似なんかを使うのか?」 という動機の部分です. これは多くの場合「面倒な計算をやりたくない」ということです. しかしどの論文にもそんなことは書かれていません. だからときどき 「平均場近似というのは何か意味のある高尚なテクニックなのだろう」 と勘違いしてしまう人がいます.

  • 図5の説明:二種類の一年草の共存 (Pacala and Silander 1990). 先駆的なPW (pigweed) の密度が高くなり, しかるのちにVL (velvet leaf) が優占してくる. ここでは空間構造を考慮したモデルも 平均場近似もおんなじ結果を出してしまっていることに着目.
    • 註:どちらも観測された密度によく合致しているかのように見えるのは 不幸中の幸いである.

    森林モデルSORTIE における空間構造の重要性

  • 再びSORTIE の説明. SORTIE において各個体の受け取る光量の計算方法: シミュレーションの中で擬似的に 「魚眼レンズで全天写真を撮影し開空度を計算」している. 天球上に分布している多数の「光点」から選ばれた 一点と「視点」(樹冠のてっぺんもしくは一番下) を結ぶ「視線」を 「いくつの樹冠が遮っているか」 計算して光の減衰を決める. 「視線」は方向によって重みづけがなされる (「天球上の光分布」を反映して, 天頂方向が重要で,地平線方向は重視しないとか).
  • つぎに「平均場近似版」のSORTIE について説明する. 考えかたの基本は 「樹木というものは樹高が決まれば, 受け取る光量も決まってくる」というものであり, それを計算する方法を考えている. 9ha 調査区を(縦)30×(横)30×(高さ)39のグリッドに区切る. まずそれぞれのグリッドごとに受光量を計算する. つぎに縦・横を平均してしまって, それぞれの高さにおける受光量の平均値を求める. これがサイズ構造のある動態モデルにおける平均場近似である.
    • 註:これの前のパラグラフで説明している 「ふつー」のSORTIE では, 言ってみれば, 各グリッドにおける受光量がすなわちその場にいる 樹木個体の受光量であるとしています (平均を取ったりなどしない). じゃあ何でこのパラグラフで説明しているような 手間がかかるわりにはわけのわからない「平均をとる」という 操作をしているのかというと, もし「平均場近似もそんなに悪くないじゃない」ということが いったん示されると, SORTIE の森林動態は非常に簡単な偏微分方程式 (P.D.E.) に 帰着することができます. これがホントのねらいです.

  • 空間構造を考えたシミュレーションと 無視してる平均場近似では結果が全然変わってしまった. 図2の説明 (続):○がSORTIE の「平均場近似のシミュレーション」, ●が「平均場近似によって作った偏微分方程式 (P.D.E.)」の 計算結果をしめしている. 平均場近似を用いると森林のBA がものすごく減少するという 予測が出てしまった (現実にあっていないようだ).
    • 註:平均場近似をやると「森林が貧弱になる」というのは, どういうモデルでも結構同じように出てくる結果です. それから平均場近似をやるとIBM のモンテカルロシミュレーション と偏微分方程式の結果 (○と●) が同じになる, というのはほとんど当たり前のことです.

  • 空間的異質性 (spatial heterogeneity) が 林分の収量を増加させた原因は……(略)……
    • 註:この説明はよーわからんので略してしまいました. 図2と図3を比較すると,森林が「平衡状態」に近づくにつれ, ブナ (beech) がBA に寄与する割合がたいへん大きくなります. ここに着目すればもっとうまく説明できるのではないかと 思うのですが……

  • 計算の最初の数百年間で計算結果に違いが生じないのは, 初期状態としてランダム分布を与えているからである.
  • 図3 と図6 に示された結果から……
    • どの計算方法でも(順番として) (アメリカ)ブナ (Fagus grandfolis) が 最後に優占してくるような遷移のパターンが生じた.
    • このように時間とともに「遷移過程の多様性」 (successional diversity, Pacala 語) だけでは 森林樹種の多様性は説明できない. これは撹乱がまれであるためである (個体当たりの死亡確率 0.01 yr-1 であり, しかも「空間的に集中した撹乱」がない) 空間的異質性が重要である.
    • Hemlock (Tsuga canadensis) は 平均場近似では時刻1000 (年) で消滅する. しかし空間構造のあるモデルでは2000 年間持続する. なぜか? Pacala et al. (1995a, ホントは1996) を見よ.
    • Yellow birch (Betulla alleghaniensis) は 林冠ギャップに最初にあらわれる樹種である. 空間モデルや観測データでも長く存続し続けるが, 平均場近似ではすぐに消滅する. 平均場近似モデルはyellow birch の二つの長所 (種子分散能力の高さと明るい環境での急速な成長) を損なっているのである.
    • Black cherry (Prunus serotina) や white pine (Pinus strobus), red oak (Quercus rubra) といった 耐陰性がない樹種は 成長速度が速いので遷移初期に優占する (実際の観測データおよび空間モデルにおいて). しかし平均場近似モデルでは, 強光環境下が存在しないので (森林のいたるところが「平均的に」被陰されているから) その強みを発揮することができない.
      註:Pacala はこのパラグラフで, 理由はよーわからんけど, なぜか「遷移初期」の議論ばかりしています. 問題になっているのは「平衡状態」に近いところでは なかったんでしょうか……
  • 議論

  • 我々の得たもっとも驚くべき結果は 林冠ギャップのような空間的異質性が 森林の現存量 (standing crop) を維持するのに 必要不可欠,というものである……(略)……
    • 註:そんなに驚くべきことかなぁ…… 以下のdiscussion は略します. その内容は, 今回の計算と地球環境問題をこじつけようという 試みです. Appendix もひたすら`てくにかる'だからとばしちゃいます. 内容はSORTIE において平均場近似をやるときに, 樹木がランダムに分布しているという仮定のもとで, 各高度における「平均的な」疑似開空度を計算しています.

    o 蛇足

    私の憶測ではこの研究はこのようにしてまとめられていったのでは ないでしょうか……

    • SORTIE というなかなかよい森林動態シミュレータができた. 次は地球環境問題に一枚かみたい.
    • しかしSORTIE は異様に丁寧な計算をやるので実行速度が遅い. グローバルな問題 (例えば北米大陸全体のシンク・ソース問題) に対応できるような単純化はできないだろうか (リアリスティックな外観を維持したまま).
    • 平均場近似なら素早く計算できるからいいだろう. Pacala and Silander (1990) の経験によれば, 空間構造のあるモデルも平均場近似もさして結果は変わらない はずだから.
    • ところがSORTIE では空間モデルと平均場モデルで 結果が大きく変わってしまった.
    • 仕方がないから,安易なスケイルアップを諌める論文として まとめよう.

    ……ちょっと偏った見方でしょうか?


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