個体ベイスモデル (individual based model)

説明

(「個体基礎モデル」なる珍妙な訳語が普及するとは思えないので, この小項目名は個体ベイスモデルと変更する)

生物集団を構成する各個体が独立した単位である数理モデル. 従来の個体群・群集の動態モデルでは, 生物の存在をあらわす量は密度 (単位面積あたりの個体数) として換算され 取り扱われるものが主流であった. このような密度換算モデルに対する個体ベイスモデルの長所は:

[1] 個体ごとに異なる属性や内部状態を明示的に持たせることができる. たとえばひとつの個体に 遺伝子情報・サイズ・齢・空間位置・これまでの経歴などを ひとつの集合として与える. このような「個性」は個体ベイスモデルの十分条件であり, 進化生物学の理論的研究において重視されている (文献 [1]).

[2] あまり大きく移動しない固着性生物などの集団において 近傍個体間に強い相互作用の影響を正確に調べることができる. たとえば近くにいる個体としか交配しない, あるいは局所的な資源をめぐる競争が 集団全体にどのようか影響を及ぼすか, など.

[3] 確率論的集団動態モデルの挙動を (拡散近似など近似計算を用いることなく) モンテカルロ法などによって近似を導入せずに 求めたい確率分布を評価できる. たとえば小集団における遺伝子固定確率や絶滅確率など.

[4] ある程度以上のサイズをもつ生物は個体単位で データをとることが多いので, 個体ベイスモデルはこのようなデータ構造と よく親和している. このため観測された現象との対応がよくなり, パラメーター推定ならびに 数理モデルの検証がより直接的なものとなる.

個体ベイスモデリングとは 本来は生態学的現象の捉えかたを表す概念であり, その計算方法には依存していない. しかしながら, 多数の独立した個体の挙動を計算するために, 計算機プログラミングコードによって実装される事例が多い. また, 個体内に複雑な構造を内包する個体ベイスモデルも開発されている. たとえば, 樹木の個体ベイスモデリングの分野では, 幹-枝-葉などの部品からなる三次元樹状構造をもち 個々の枝先における葉群が光合成によって同化した物質を個体内部で分配して 成長していく機能-構造モデル (functional-structural model) が発展している (文献 [2]).

個体ベイスモデルは観測データとの対応がよく, 空間構造を介した個体間相互作用を正確に導入することが可能であり, さらには必要とあらば個体ごとに固有の性質を持たせることができる (文献 [3]). これら数々の優れた特性から さまざまな領域のモデリングに応用されており, 今後はその利用範囲がさらに拡大していくと期待されている

[文献]
[1] 徳永幸彦, 河田雅圭. 1994. 人工生命からみた集団. 個体群生態学会会報 51:13-19.
[2] Perttunen, J., Sievanen R., Nikinmaa, E. 1998. LIGNUM: A Model Combining the Structure and the Functioning of Trees. Ecological Modelling 108: 189-198.
[3] Deutschman, D. H., S. A. Levin, C. Devine and L. A. Buttel. 1997. Scaling from trees to forests: analysis of a complex simulation model. Science Online URL: http://www.sciencemag.org/feature/data/deutschman/index.htm.

(xxx 字/ 800 字)


メモ・資料


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