研究計画 (2001年)

久保拓弥 1
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2001 年 1 月 31 日


目次

研究目的

研究計画書提出者の所属する 生態系アーキテクチャーモデルグループの掲げる研究目的 「生態系アーキテクチャ(3次元構造)は植物の生長により形成される一方で, 逆に生物過程を制御している. 本研究では生態系アーキテクチャの形成・制御機能モデルから 空間スケールにそってスケールアップする アプローチにより広域植生動態モデルを構築する」 に準じて, 本研究の目的を以下に掲げる問題の解決を目指したものとする.

計算システム開発とモデリング対象

上記目標を達成する計算システムを開発するために, 本年度は以下のコンポーネントに関する整備を中心に 研究を進める.

その内容は, 陸上植物生態系の光合成活動を規定する光の三次元分布を 計算するシステム開発とその評価 (2.1), 森林の樹種構成変遷や 地域レヴェルでの分布拡大現象を取り扱う シミュレイター開発 (2.2), 樹木個体の構造 (形態) と機能 (光合成と資源配分) の関連を解明するモデルの開発 (2.3) である.

光分布計算システム開発とその評価試験

森林生態系の光合成能力 (生産力) を 規定する森林内の光量三次元分布計算システムを構築する. その性能を評価するために, 熱帯から亜寒帯にいたる各地の森林調査区で得られた 観測データを用いた試験を行う.

森林では樹木によって組みあげられる三次元構造が 明るさの空間分布を規定している. 森林生態系の生産力を推定するためには, この林内光環境を計算しなければならない. 森林上層の林冠は階層構造をなしている. 生産力への寄与は最上層部だけでなく その下に「洩れている」光を活用している層における 光合成の寄与も評価しなければならない.

ところで, 航空機や人工衛星による観測では 「上から見える」 最上層部に評価に偏る傾向がある. そこで 「下から見た森林」 である地上からの毎木調査に基づいて, 森林三次元構造と光分布の復元を行う. これは上記リモートセンシングと相補的な関係になる. また, (「上」からの観測では見えない) 林冠まで到達していない小・中径木たちの生産力は 個体あたりの絶対量としての寄与は少ないものの, その動態や樹種構成は 100 年後の森林生態系を左右しうるものであり, 現時点での林冠木と同様に モデリングされなければならない. これらの生長や死亡は 局所的な大きく異なる光量に左右されているとされ, モデル構築にあたって光計算システムが必要となる.

この光分布計算システムの評価と 植生特異的なパラメーターを特定するために, 熱帯林-照葉樹林-冷温帯林-亜寒帯林それぞれの 森林調査地で得られた光量データとの対応を調べる. 評価試験を行うデータセットは以下の 4 調査区で得られたものの利用を予定している;

  1. Serimbu 調査地 (熱帯林,西カリマンタン): 熱帯林 (混交フタバガキ林) の光分布モデルを構築するために, 山田俊弘 (熊本県立大学・講師) の測定した 光分布データと 2ha 毎木調査データを結合した 評価試験を行う. これをもとにマレイシア半島の Pasoh 熱帯林調査区 の樹木生長解析を行う.

  2. 御蓋山調査地 (照葉樹林,奈良県): 名波哲 (大阪市立大・助手) らの設定して 観測を継続している 1.5 ha 照葉樹林調査区のデータを用いる. 日本西部に卓越している照葉樹林の また得られたパラメーター後述する動態モデルに 適用する.

  3. 小川群落保護林 (冷温帯落葉樹林,茨城県): 日本の東部に卓越する落葉樹林に適用可能な 森林光分布モデルを構築するために, 茨城・福島県境に位置する 森林総合研究所 (農林水産省林野庁) の群落研究室が設定した 6ha 長期観測地のデータを用いる. 得られたパラメーター後述する動態モデルに 適用する.

  4. 苫小牧演習林 (亜寒帯林,北海道): 北海道に多く見られる落葉樹二次林の 光分布モデル構築するために, 日浦勉 (北海道大学・助教授) が管理している光観測・毎木調査データを用いる.

以上の 4 調査区は熱帯から亜寒帯までの森林タイプを ひととおり網羅したものである.

また, 本研究の三次元モデルと, これまでの主流であった 無次元モデル (いわゆる big-leaf モデル) や 一次元的平均場モデルの比較によって, 従来研究では均質化され取り扱われる空間構造モデルが 惹起する問題点に関する定量的な検討・補正を行う.

森林生態系アーキテクチャーモデル

この研究においては, 森林の樹種交替や安定維持機構に 森林三次元構造が与える影響について 動態シミュレイターによる評価を行う. これによって定常環境・変動環境における 森林機能の時間変化に関して調査観測データに基づいた 一定の水準に達した洞察を与えることを目的としている.

そのために, 森林調査区の観測データから パラメーターを最尤推定する「推定系」と, それらを計算機内に構築した仮想森林内の 樹木個体モデルに反映させる「シミュレイト系」を 連関させる計算システムの開発を行う.

モデリング対象地は前項に挙げた小川群落保護林 (冷温帯広葉樹林) と 御蓋山調査地 (照葉樹林) である. 前者においては構成樹種多様性の高い森林における データ解析とシミュレイションのためにシステムの開発を 主眼として行う. 一方, 後者では人為活動の影響によって単純化された 森林で観察されている地域レヴェルでの 樹木の分布拡大現象を再現できるシミュレイターの 開発を目指す.

小川群落保護林のモデル化においては, 今年度はとくに樹木個体の生長と死亡に関する サブモデルのパラメーター推定と計算集約的再構成に 重点を置く. 直径生長データから, 生長は各年度独立同分布の確率分布に従うと仮定した 生長方程式・尤度関数を数セットを定式化し, 最尤推定法で樹種ごとに固有な直径生長様式を特徴づける 複数のパラメータを同時に推定する. これによって, 生長のサイズ依存性と明るさ依存性は 森林構成樹種ごとに推定し, 尤度原理の観点からモデル選択を行う.

死亡モデルに関しても同様の手法を採用し, 先行研究において報告されている, 小サイズ個体では「光欠乏」による枯死率の増加, 大サイズ個体におけるサイズ依存的な 「台風などによる幹折れ」 といった死亡要因を定量化した確率論的モデルを構築する.

一方で, 御蓋山調査区のモデリングでは 生長・死亡モデルだけでなく種子散布サブモデルの パラメーター推定と 森林動態シミュレイターへの組み込みを行うことによって, 同調査区で観測されている 1000 年規模の 特定樹木の分布拡大現象の再現を試みる. これまで植生の分布拡大に関しては 調査データとの対応関係が明確ではない 抽象的モデルが標準的であった. しかしながら, 本研究では観測データに基づく 定量的なパラメーター推定の可能な 種子散布サブモデルを適用を研究し, 従来モデルとの比較検討を行う.

また, 小川モデル・御蓋山モデルで開発された推定システムを活用して, Pasoh 調査地 (熱帯林) における生長データの パラメーター解析も併せて進めていくものとする.

樹木個体アーキテクチャーモデル

すでに稼働状態にある 試作シミュレイター PipeTree の改良・評価を継続させつつ, 樹木個体の形態・動態データを取る研究者と連携して 共同研究を進展させる方法を開発していく.

昨年度にアーキテクチャーグループが開催した 樹木研究者・モデル開発者共同会議において 提出された開発問題点を以下に列挙しておく.

  1. 炭素系資源と窒素系資源の相互作用モデル

  2. 樹木内の階層的資源配分サブモデル機構の検討

  3. Sink 強度定式化で考慮すべき項目の列挙

  4. 樹木モジュール間の相互作用に関する知見のとりこみ

  5. アポトーシスによる樹形形成モデリング理論の応用

  6. 樹木シミュレイター内における辺材・心材クラスの変換ルールの確立

  7. モデリング対象樹種とその観測項目の選定

これら個体内動態のモデリングの概念設計の改良に加えて, 2.1 で発展させた光三次元分布モデルを適用することで, 対象樹木のサブモデル化・パラメーター推定を行い, 現象の再構築性を評価するような枠組の構築を目指すものとする.